2019.09.30

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Uターンで帰ってきた男はいま豊後大野生まれのハムを作っているーそのワケ

豊後大野市の森の中を抜けると小さな建物が見えてくる。なんの看板もなく一見すると何か手仕事の作業小屋のようにも見える。その工房こそが、豊後大野生まれのハムを作るハム工房『義ハム』だ。

 

 

2019年4月に『義ハム』は誕生した。豊後大野市内の店舗と直接取引、ふるさと納税の返礼品、一部の生協のみで販売されている。

その『義ハム』の店主が、首藤義文(27)さんだ。首藤さんは、2018年7月に関東で勤めていた会社を辞め、Uターンで豊後大野市へ戻ってきた。

都市圏への一拠点集中による若者の田舎離れが進む昨今、地元・豊後大野市へ戻り、なぜ豊後大野生まれのハムを作るのだろうか。

 

東京で感じた閉塞感と軸足が定まらない不安定さ

 首藤さんは、地元の高校を卒業後、子供のころから動物が好きで動物に携わる仕事をしたいと東京の畜産科がある大学へ進学。大学で畜産を学ぶにつれて動物と一緒にいる楽しさと同時に日々消費されていく食べ物との関係に興味を持ち、大学卒業後、地元には戻らず養豚の仕事に就いた。

動物と触れ合う毎日は楽しい。しかし、どこかゆとりが感じられない自分がいた。仕事場の同期とは仕事では顔を合わせるが、休みの日はほぼ会うことがない。気がつくと仕事に追われ、心が休まる時間がなくなっていた。

 

「地元に帰ろうか…」

 

 実家は造園・土木業を営んでいる。3人兄弟の次男は実家とは別の会社で修業をしている。さて、自分は…。

 SNSを開けば、かつて高校の同級生だった友人たちが地元を盛り上げようと独立し、パン屋や農業を営んでいる。

 

「みんな自立している。いつか、自分も…」

 

 友人たちの頑張りに地元でもっとできることがあるのではないかと、地元に帰ることを決意した。

 

養豚があるから今がある。ハムでみんなに喜んでもらいたい

Uターンで拠点を豊後大野に移ししばらくして、母とともに母が兼ねてよりハムのファンだった「ハム工房・すどう」の元を訪ねた。働き口を探す自分を心配してか、須藤さんと話をしてみたらと引き合わせてくれた。

もちろん、はじめはハムを作るなんてことは思いもよらなかった。養豚場で働いた経験から消費の一部分を見てみたいと思った。

『ハム工房・すどう』は三重町にある小さな加工場だ。入ればそこに燻製室や加工室などが揃っていてすべて独学で学んだそうだ。前職が教員だった須藤さんは、丁寧にハム工房の事業のことやこだわりを教えてくれた。話す須藤さんの目は生き生きしている。

その姿を見ると、自分が東京で過ごしてきた4年間を思い出す。どこか生活に余裕がなく、軸足が定まらなかった自分。SNSで見る活躍する友人たち。この街に帰ってきた理由は…。

 

「働くこととはどういうことですか?」

 

とっさに出た質問だった。須藤さんは静かに答えてくれた。

 

「自分の作ったもので人に喜んでもらうことだな」

 

養豚場という一次産業に携わり、自分たちの育てた豚の味を消費者から聞くことはあっても、サラリーマンであるがゆえに自分の働きが評価されるわけではなかった。もっと自分の作ったもので幸せを与えたい。その気持ちを直に感じたかった。

それから少し経った日。ハム工房を職にする決意を固めた。

 

半年で開業。苦悩の日々

2018年9月中旬。ハム工房・すどうでの研修がスタートした。

仕入れから仕込み、須藤さんが独学で研究した製法を学ぶ毎日。ハム工房・すどうはすべて大分県産の豚肉を使用していて、すべて手造りだ。飼料に米を混ぜたブランド豚「米の恵み」は大分県畜産公社から仕入るため、肉は冷蔵状態で仕入れることができる。冷凍と違って冷蔵状態は細胞を壊さず、肉本来のうまみを逃さない。そのため、味がしっかりとしたハムができあがる。

製法を習いながらも、商売人としての知識や物の値段のつけ方も習った。そして、半年が過ぎたある日。師匠・須藤さんは引退し、その工房を受け継ぎハム工房『義ハム』が誕生した。

とはいえ、半年での開業。「すどう」の跡を継げば、当然ついてまわるのは味の比較。とうてい半年では、須藤さんと同じ味にはなるはずがなかった。同じ分量、同じ製法で作ってもその日の天候や気温によって調整が必要だ。

須藤さんの馴染みのお客さんからは、厳しい声も聞こえてくることも。救いは、お客さんが味のフィードバックをしてくれることだった。意見を聞いては、調整する日々。工房では試行錯誤が毎日続いている。

 

豊後大野市生まれのハム

 

『義ハム』は、豊後大野市千歳町にある小さなドライブイン『ちとせや緑茶』と豊後大野市三重町にある『おおいた三協連』の2店舗で販売している。いずれも須藤さんの繋がりからの取引先だ。

 

「もっと自分が作ったハムを多くの人に知ってほしい」

 

自分の味を信じて、さらに販路開拓を進めている。店舗に足を運べない人にはネット販売も今後検討している。

 

「一般的なハムとは別の、『義ハム』として豚肉の味を楽しむ豊後大野市生まれのハムとして可能性を伸ばしていきたい」

 

豊後大野に戻り、軸足が定まった。ハムと向き合い、ハムとともに道をゆく。他とは違う美味しいハムだと言ってもらえることが自分の喜びに変わる。

須藤さんが言った「自分の作ったもので人に喜んでもらうこと」が自ら働くことの意味に変わった。

 

「僕のこの働き方が、田舎に帰ってきた人の一つの事例になれたらいいな」

 

帰ってきた男は、今日も自分の足で仕入れに向かう。

 

 

お店情報

ハム工房「義ハム」

住所:〒879-7125 大分県豊後大野市三重町内田1615

TEL:0974-22-1113

販売店1:ちとせや緑茶 〒879-7413 大分県豊後大野市千歳町下山918番地1

販売店2:おおいた三協連 〒879-7111 大分県豊後大野市三重町赤嶺2101

 

取材・文=高橋ケン